WinWin(ウィン・ウィン) 下江裕子]
ホーム
自己紹介
仕事紹介
大学院生活
お気に入り
書籍紹介
写真紹介
コラム
リンク
ご連絡
サイトマップ

 

 

 

コラム
テーマに沿ってコラムを掲載しています。< 旧 イメディオメールマガジン 編集後記より抜粋 >
◆ 我が家+私
2003.12.3 フランス紀行第8弾
ルルドを出発する日の朝、お土産用の水を汲みに行く(水は無料で汲め、販売禁止です)。ペットボトル数本、…持って帰れるかな?と不安がよぎる。そして後日、この予感は見事的中するのである。ルルドで一番印象深かったのは、そこを訪れている多くの人が、辛い思いを抱えていたり、相手もそうかも知れないと思うからか、皆親しげで優しい。普通の観光名所とは人との触れ合いが少し違う。「どこから来たの?」『〜して頂けますか?』会話やお願い、それを受けるのも自然で、とても優しい空気を感じ、それが心地良かった。さて、ルルドからパリへはTGVで5時間半。数日パリに滞在。日本へ帰国の時、空港のカウンターで「かなり重量オーバーです。XXXユーロです」が〜ん!理由は水とワイン、明白である。ちらっ。「無理です」しゅん。最後は、ただほど怖いものは無い。という言葉が身にしみたフランス旅行でした。

2003.11.26 フランス紀行第7弾
いよいよルルドの水を飲んでみる。友人が「このまま飲んで大丈夫かな?煮沸しなくていい?」と少し不安そう。『そんなんしたら意味ないんちゃう?』が、言われると気になる…。そっと口に含んで、ごくんっ。お腹は…痛くない(かなりバチ当たりな行動かも)。『大丈夫♪美味しい』ルルドの水はどちらかと言えば、軟らかい感じがした。夜9:00から行進があるというので、私達は一旦ホテルに戻り夕食をとり、蝋燭を買って再び教会へ。すると一体どこから集まったの?と思う程の人で溢れていた。近くの人から火をもらい蝋燭を灯すと、私達も賛美歌を歌いながら行進している行列に交じった。賛美歌で「マリア」と歌う箇所で、人々は蝋燭を高く掲げる。ピレネー山脈の麓、しかも夜、かなり冷え込んでいた。その寒い暗闇に人々の蝋燭の灯がゆらめき、とても幻想的な光景を創り出していた。

2003.11.26 フランス紀行第6弾
土産物屋がずら〜っと並ぶ通りを抜けると、洞窟・教会への入口がある。入り口から少し歩き、教会を目の前にして友人と交わした一言は「ディズニーランドのシンデレラ城みたい♪」さて、肝心の洞窟はどこ?人があっちに歩いていく?ムム、あっちか?すると先に、蝋燭と岩の上のマリア像と人が一列に並んでいるのが見えた。ルルドの水自体は蛇口が幾つかあるので(古い蛇口と新しい蛇口がある)すぐに汲めるのですが、人々はルルドの水が出たとされる場所を見て、祈る為に並んでいる。列に並ぶと横の岩が黒光りしている事に気付く。どこからか湧き出ているのだろう水で岩は湿っている。そっと岩に手を置いた。多くの人が深い思いを抱きながら触っていったんだなぁ。教会の前で車椅子の人や看護婦に付添われている人を多く見かけた。国は違っても、皆願う事は同じ。健康になりたい、なって欲しい。自分の事、家族や友人の事…。どうか皆の願いが届くように。

2003.11.12 フランス紀行第5弾
ボルドーからTGVで約2時間、まもなくルルド。いよいよ長年の夢が叶う時が来た…。TGVを降り、ルルド駅に一歩を踏み出した。まだルルドに来た事が信じられない気持ちでプラットフォームを歩き、駅をでると、遠くに雪化粧したピレネー山脈が見えた。「ついにルルドに来た」と心で呟く。マッサビエルの洞窟に近いホテルを予約していたので、タクシーで駅からホテルに向かった。タクシーからキョロキョロ街並みを見ていると、運転手が「着いたよ」『え、どこ?ホテルはどこ?土産物屋やん』ん?土産物屋の横、少し奥まった所にガラスの扉が…。まるで商店街の中にいきなりホテルがあるイメージ。少々驚きつつホテルにチェックイン。部屋で荷物から空のペットボトルを取り出すと、早速私達は洞窟へと向かった。

2003.11.5 フランス紀行第4弾
ワインシャトー巡りを終え市内に戻った私達は、ボルドーのもう1つの名物カヌレを買う為カヌレ専門店へ。カヌレとマカロンが所狭しと並べられている。「美味しそう〜」早速店員さんに「2個だけ欲しいのですが?」と尋ねると『もちろん!Soft、Crispy、Well-doneどれがいい?』友人と顔を見合わせ「え?カヌレってそんな種類あるの?まるでステーキみたい。どう違うの?」どうも人によって好みがあるらしく、説明は解るが、どれが良いかは解らない。その場はとりあえずSoftで。だが翌日私達は全種類食べるべきだろうという事になり、再度お店へ。でもSoftがちょっと生っぽい感じがするという事以外、違いはよく解らなかった…。皆様はカヌレにステーキのような焼き方の違いがあるってご存知でしたか?

2003.10.29 フランス紀行第3弾
パリからTGVで約3時間。12:00頃ボルドーに到着。駅からタクシーでホテルに向かい、チェックインすると慌しく出た。13:30からワインシャトー巡りの現地ツアーがある為、間に合えば申し込もうと友人と話をしていたからである。何とか間に合い、ツアーに参加。街の中心地からバスで約2時間、ワインシャトーに到着。シャトーの周囲には葡萄園が広がっているが、葡萄の木の高さは腰より低い位?「想像してたのと違う。私が知ってる日本の葡萄園とは全然違うんだぁ…。そう言えば映画『雲の上の散歩』の葡萄の木もこんな感じだったっけ」シャトーでは、ワインの試飲もあり、使用したグラスをお土産に頂いた。友人と「どうやってホテルまで持って帰る(袋も箱も無し)?しかも日本までどうやって持ち帰るぅ?嬉しいけどう〜ん…」ちなみに、そのグラスは今我が家の食器棚に並んでいます。

2003.10.22 フランス紀行第2弾
TGVが発車した。いよいよ旅の始まり。車窓からの景色は、すぐに街から草原へと変わった。どこまでも続く地平線と草原。そして時々見えるのは馬や牛。ぼんやりと外を見ながら「ぼ〜っと景色を見て、ただ時間の流れに身をまかせるなんて、日本ではありえ無いなぁ。いつも時間に追われるようにあくせく過ごす生活で…。今、私、きっとすごく贅沢な時間の使い方してる」と心で呟く。何も考えず、殆ど変わらない地平線と草原の景色の流れを飽きもせずに眺め、静かな時間の流れを楽しんでいた。

2003.10.15 フランス紀行第1弾
フランスから無事帰国、今日から出勤です。暫くは編集後記でフランス紀行をお届けしようと思います。初日:夕方フランスに着いたので、空港のホテルに宿泊し、翌朝ボルドーに行く為、朝一番(7:00am発)のバスでモンパルナス駅にむかう。思った以上に冷え込み、思わず駅で人目も憚らずトランクを開けジャケットを取り出す。友人が側で『人目を気にせず、頑張れ』との声援(どんな声援やねん)。そして仏の新幹線TGVに乗り込もうとするが「どうしてヨーロッパの列車は乗車する時にステップ式なん?荷物が大変なんですけど!」と思い苦戦していると、近くにいた男性が手伝ってくれた。ふむ…、このように紳士に助けてもらえるという事を前提としているのか?

2003.10.1  
普通に暮らすというのは難しい。幼少時代身体が弱かった為、学校の行事に参加できない事も多く、休みがちで、普通にできるという事自体が羨ましかった。そんな時、本でだったか何かは忘れたが、フランスの聖地ルルドの水の事を知った。その水を飲めば、病が治るというもので「私もそれを飲んだら、皆と同じようになれるのかな…」と思い、とてもそこに行ってみたいと思った。成長し、少しづつ休む日も減っていったが、強く行きたいと思った事は胸に深く残り、例えそれが迷信ではあっても、ルルドに行く事は1つの夢になっていた。社会人になってからフランスにも行ったが、友人と一緒となるとやはり観光としてパリや大きな都市が中心となる。それが昨年友人と海外旅行で行きたい場所を言い合っていて「フランスのルルド…」と言うと友人も『私も行きたかってん、何でかは忘れたけど』との事で、目的地はルルドに決定。明後日、長年の夢を叶えにフランスへ行ってきます。

2003.9.24  
家で「果物食べなさい」と良く言われる。母は食後は必ず果物を食べるものと思っているからである。しかも「デザート○○あるわよ」とか「お菓子○○買ってきたから」とも言われ『夜帰って食事をしたら、その後食べる時間ないもん、いいから食べて』と何度言っても、私用においてある。更に「折角買ってきたのに全然食べない」とすねられても…。『ちょっとダイエットしたら、と言うくせに』と反撃したら、他でしなさいと言われた…。

2003.9.3  
某店で買い物をし、レジで店員さんに「領収書を下さい」と言うと返事がない。聞こえなかった?イヤ、ありえない。「聞こえました?」『あ、はぁ』「どんな教育してんねん、店長でてこい。親の顔が見たい(心の声)」そして自宅マンションエレベーター。エレベーターの中から私が来るのが見えたのか、女子高生が扉を開けて待っててくれた。『何階ですか?』「X階」『はい』その女子高生がエレベーターを降りる時『お先に失礼します』まぁ、何と躾の行き届いた、親の顔が見てみたい。…きっと、私の親も色んな意味で親の顔が見てみたいと思われてるんだろうなぁ、と思ったのでした。

2003.8.13  
友人が仕事でかなり忙しそうだったので「体壊さないようにね」とメールしたら『ヘヘ、大口が幾つかゲットできそうだから、楽しんでる』と嬉しそうならばと思い「ゲットしたら、美味し〜いケーキおごってね♪」とメール。『あのなぁ』と言うかと思っていたら、相手は上手だった。『もうケーキどころじゃない、ステーキおごっちゃう』との返事。友人を応援するにも気合いが入る♪これこそ本当に喜びを分かちあうと言うのだなぁ。ん?

2003.7.9  
先週、[スパイダ ソリティア]にはまっている母の事を書いたが今週も同ネタで。突然母が「裕ちゃん(私の事)が仕事で疲れるの解るわ」と言うので『いきなり、何でそう思ったん?』と聞くと「これしてると疲れるもん。終わった後も暫く目の前を青い点がちらちらしてるし。こんなん1日見てたら疲れると思うわ〜」としみじみ言われた。心の中で『えっと…、ゲームで遊ぶのと仕事と一緒にして欲しく無いんですけどぉ』と思う私であった。

2003.7.2  
最近、母はPCゲーム『スパイダ ソリティア』にかなりはまっている。帰宅が遅くなったある晩、家に入ると母が暗い部屋で『スパイダ ソリティア』をしているので「何してるん?」と聞くと、『遅いから心配で待ってたんやん』と言う。「ふ〜ん(疑)、じゃ帰ってきたから安心して寝て」と伝え、お風呂に入ったが、上がってきてもまだゲームをしている。「なぁ、まだしてるって事は私を待ってた事になってないよね?(子供じゃないんだから、そんな言い訳しなくても)」『ぷっ…(笑いをこらえる母であった)』

2003.5.21  
(前号続↓)手術中、異様な音がしてきた。まるで裂きにくい生地を引き裂くような鈍〜い、不気味な音である。「…何の音?それにこの感覚…」その音は紛れも無く私の身体から発しているのだから、尚更怖い。そして私の気を紛らわそうと話しかけていた先生も無口。「…先生に聞こうかな。…いや、ショックで心臓発作を起こしては迷惑がかかる(沈黙)」翌週、抜糸の時に原因が解った。『大変だったのよ。皮膚が顎の骨にへばりついていて…』「!あれは皮膚を骨から剥がす音だったのか。手術中に聞かなくてよかった…」医療ミスのニュースをTVで観るが、最初の処置が大切と改めて悟った。

2003.5.14  
かなり前、顎を大怪我した事があります。その際の処置が悪く、縫合箇所に大きな跡が残り陥没がひどくなってきた為、最近形成手術をしました。その際の麻酔が、ひどく痛く、思わず肩が痛みで数センチ浮く程。医師に「先生麻酔ってこんなに痛かった?」と聞くと、動きのない部分、顎や鼻等はつまめる皮膚もないので、腕などにする麻酔とは違い痛いのだそう。瞼等はつまめる部分があるので、逆にあまり痛くないそうです。オペ中、医師が「喋ってもいいわよ」と声をかけて下さるのですが、自分の顎が切開されている時に『まな板の上の鯉』状態の私にそんな心の余裕はない。(以降続く。↑)

更に過去のコラム読む >>
 
© 2004 Yuko Shimoe. All rights reserved.