WinWin(ウィン・ウィン) 下江裕子]
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大学院生活
2005.6.1 ◆ 学割

既にこのコラムを読んでいただいている皆様はご存知の通り、私は社会人ですが学生です。つまり通学定期なのです♪映画も、携帯電話も学割が適用されます。もう大学院に入って良かったことの一番は『学割』が使えること!と言っても良いほど、快感です。そして周囲には『花の女子大生』と言ってます。そう、嘘ではありません。嘘では(^^ゞ えっと…、「確かにっっ」と言いながら、拳を握りしめるのはやめてください。。。


2005.5.11 ◆ 「社会人大学院」と「優しさと思いやり」

私が通学している大阪市立大学院 創造都市研究科は、社会人大学院です。大学を卒業して、すぐに来られている方もいらっしゃいますが、殆どの方が社会人経験者であり、仕事をしながら通学しています。

全ての社会人大学院で、設立直後は色々な課題があったと聞きます。今は名門とされている社会人大学院もその例外ではないとか。そして大阪市立大学院 創造都市研究科も様々な課題を抱えており、今 私達生徒は、どのようにその課題を解決すべきか、また大学院がどのように進んでいくべきかを真剣に考えています。こういった光景は設立直後の社会人大学院ならではなんでしょうね。。。

社会人ともなると、皆 各々背景が異なり、携わっている仕事(分野)の専門家でもあります。そして時として講師よりも特定分野での知識が高く、情報量が多いこともあるのです。しかも生徒から見れば学生時代は「講師が絶対」的なイメージがありますが、社会人となるとそれらの感覚も変わっています。講師にしても、今まで教えてきた学生というイメージと社会人学生とは異なるので、やりにくいですよね〜(きっと)。

社会人になってから学生に戻ると、純粋な学生の時とは全く違う視点で学校を見れますね。仕事をしながらの学生生活は楽ではありませんが、貴重な経験をしていると思います。

ところで突然ですが「優しさ」と「思いやり」って、違うと思いますか?私の持論では、「優しさ」は作れるもの、「思いやり」は作れないもの、で違います。

好きな異性がいれば、誰でも「優しく」振舞うことはできますよね。それに大抵、人は周囲に良く思われたいと考えているものなので、自分が優しいと思ってもらえる行為や言葉も作れると思います。そして「これだけしてあげてる」と自分自身で酔うこともできます。どうも「優しさ」は自分可愛さというところがあるように思えるのです。

対して「思いやり」は、時として相手には厳しいものにもなることもあると思います。相手のことを考えれば厳しいと思うことでも言わなければならないこともあるからです。しかしそれを言うことで真意が伝われば別ですが、自分に対してマイナスの印象を抱かせることもあります。自分のことよりも、相手のことを考えて行える行為や伝えられる言葉は、見返りを求めない、無償の愛、真心だとも感じられます。

「どういう男性が(友人にとって)いいと思う?」と聞かれ、『思いやりのある人』と答えると「優しい人か〜」と言われることがあります。「優しい」だけの人は、自分勝手な優しさである場合もあり得るので、私は『違うよ。思いやりのある人。ただ優しいというのではなく、貴女の気持ちを考えて行動できる人』と再度答えます。
※通常の会話で私が「優しいですね♪」という場合、「思いやりがあるんですね」とは一般的に言わない・聞きなれない為ですので、私に「優しいですね」と言われてショックを受けないでくださいねー。

そしてこれは自戒でもあります。簡単ではないけれど、優しい人ではなく、思いやりのある人であれるように。。。


2005.4.11 ◆ 「大学院2回生」と「Footprints」

春休みも終り、4月7日より授業がスタートしました。大学院 修士卒業まで後1年。昨年に単位を多くとっていたので、今年度に取得しなければならない単位は少ないのですが、修士論文があるので、やっぱり大変だろうな〜と感じています。

先週の土曜日から修士論文のゼミも開始されましたが、その際に修士論文のテーマを話していて、教授:「それが完成したら博士論文になるよ」 私:『え・・・(無理?)』 教授:「残り1年で完成できる?大変だよ」と言われ、『やったろうやん!』という気持ちと『テーマ変えよっかな』という思いが交錯しています。さてさて、どうなることやら(--;

さて最近私の身の回りは、何だか慌しいです。大学院が始まったことも慌しさを増している要因の1つですが、他にも色々ありまして。。。今まで私は数度転職をし、フリーになり、その中で自分が何をすべきかずっと悩んできたのですが、やっと目指すべき道が少しですが見えてきたように思います。

今日友人と「人生の大きな飛躍への転機は、何かが途絶えた時、無くなった時(ハプニングや周囲から見た場合に大変であろうという状況を指します)に訪れ、その時にどう考え、行動するかで、その先が決まる」という話をしました。

ちょっとしたハプニングがあり、自分で決断したとはいえ、正直どうしようかと思っていたことがありました。「う〜ん」と思っていると、偶然色々な情報が次々に入ってきて、それはまるで目に見えない何かが私を助けてくれて、導いてくれるような感じでした。知人に「随分中身の濃い半月だったんですね」と言われ、ふと考えてみれば、そう言えば中身の濃〜いその情報や出来事は約2週間の間に次から次へと起こったことを思い出しました。 まだ今はどうなるか解らないけれど、そして誰に対してとも言えないけど、何だか感謝したい気持ちです。

ハプニングがあったり、辛いと思う時に読む私の好きな詩があります。この詩は、アメリカにいた時に出会いました。題名は「Footprints」と言いますが、作者は誰か解らないそうです。


One night a man had a dream. He dreamed he was walking along the beach with the LORD. Across the sky flashed scenes from his life.For each scene, he noticed two sets of footprints in the sand: one belonging to him, and the other to the LORD.
When the last scene of his life flashed before him, he looked back at the footprints in the sand. He noticed that many times along the path of his life there was only one set of footprints. He also noticed that it happened at the very lowest and saddest times in his life.
This really bothered him and he questioned the LORD about it. "LORD, you said that once I decided to folow you, you'd walk with me all the way. But I have noticed that during the most troublesome times in my life, there is only one set of footprints. I don't understand why when I needed you most you would leave me.”
The LORD replied, "My son, My precious child, I love you and I would never leave you. During your times of trial and suffering, when you see only one set of footprints, it was then that I carried you.”


2005.3.27 ◆ 肺炎でダウンの春休み
えっと、、、お正月に表明していたのに、随分久しぶりのホームページ更新です。実は肺炎にかかり、ダウンしていました(T_T) 

1月の下旬に東京へ一週間ほど出張に行っていたのですが、大阪に戻ってきてすぐダウン。声が全く出ず、息はしづらい。すぐに治ると思っていたのになかなか治らないので病院に行きましたが、そこでは風邪と診断されました。しかし一向に症状が良くならないばかりかひどくなり、夜中は咳が止まらず全然眠れないし、手は死人のように赤紫。別の行院に行き、肺炎と解りました。。。その時の医者との会話:
「肺炎でした。・・・普通にしてますよね」
『(どこが!)すごいしんどいです』(←声は殆ど出てない)
「(当たり前でしょ!)肺炎ですから。レントゲン写真とって見たら、驚きますよ。何これ?って感じですよ。即入院って感じですよ。(なのに、見た目は普通に座ってる。何故だ?じっ)」
『え!(ぶるぶる)どうしたらいいんですか?』
「普通にしてていいですよ」
『普通?普通にしてていいんですか(出来るの?とてもそう感じないが…)?』
「(あんたね…)普通って言っても、肺炎ですからね!(解ってる?)基本は自宅。どうしても出ないといけない時位は出てもいいです(今までそうしてたみたいやし…)。週に2回は点滴」 ※注:医者の会話内の( )は医者の眼がそう物語っていたのです。
『週に2回?(いや〜)』
「入院、したくないでしょ?」
『(びくっ、ぶるぶる)いや』
「じゃ、してくださいね」
『この前左手が死人の手のように紫で、右手が異様に白かったんですけど、それって?』
「肺炎だから。体内の酸素が足りないの。」
『心の中:え〜っ。あれってチアノーゼ症状?それで一応動けてる私って(--; 』

大学院の後期の授業は、1月下旬迄でした。そして試験期間があり春休みとなりますが、2月上旬から中旬に評価の対象となるレポートの提出があります。後期の成績証は、明日以降から、各自が事務局に行けばもらえるようです。

それにしても2月にレポート提出、3月中旬に仕事で調査書の納期があり、しかし身体は思うように動かないので焦りまくり。フリーで仕事をしていると、体調を崩した時が本当に大変だと実感しました。納品した時には本当にホッとしました。

肺炎の間、どうしても参加しなければならない打合せや会議等には出ていたのですが、その他は自宅と病院の行き来だけ。自宅では、ベッドでダウンしているか、症状がましな時はずっとパソコンに向かう日々。ストレスMAX状態でした。。。そして「ようやく治ったぁ。外に出れる〜♪」と思っていたら、花粉症です(泣)。あ〜ん。      

2005.1.1 ◆ 今年の目標

あけましておめでとうございます!

月日が経つのは早いものです。いつの間にか新年です。昨年の元旦も同じことを言ってたよぉな気が、、、成長のない私です(--; 少しばかり反省して、ホームページを更新しよう(+大学院の課題をしよう)と元旦からパソコンに向かっています。

大学院は、小・中学生並みの冬休み(今年は12月23日〜1月7日)です。1月8日から授業が再び開始され、1月28日からはテスト期間に入ります。またレポートとテストに苦しめられることになりそうです。ぐすんっ。

さて、パソコンに向かいながら、昨年、これが出来るようになった、した、 というものが何かを考えてみた。 「・・・、無いかも・・・」自分にとって、これが出来るようになった!と胸を張って言えるものがない〜っ。確かに大学院を受験し、今 大学院で勉強している。仕事も変った。環境は確かに変わっているし、色々な出来事があった。けれど、達成感がない?自分に誇れる、自分を誉めれる「これをした」というものが無いかも。友人に言わせれば、『大学院も言ってるし、頑張ってるやん』ということになるのですが、私の中ではちょっと違う。多分、それは昨年やろうと思っていた目標が達成できてないから。それは努力して出来なかったものではなく、努力できたのにしなかったからだ。英語の勉強をし直すWEBの勉強をする、何か資格を取るとか。しようと思っていたことの10%もしていない気がする。

大学院は想像以上に大変でした。それは勉強の内容自体が大変というよりは、宿題、レポート、そして何よりも平日の時間のやりくりです。平日の授業は 18:30-21:30まで。少し食事して家に帰れば、日付変更線は変っている。そこからお風呂に入って用事を済ませ、明日の用意をすれば「草木も眠る丑三つ時」です。そんな毎日を過ごすのに精一杯だった、…けど、本当かな?そんなの言い訳で、もっと努力できたかも。って気持ちになる。

「今年こそ!」と思い、目標を立てようと思ったのですが、ふと12月に同じような事を何度か異なる数人に言われたことを思いだした。『もっと楽していいよ。他に迷惑かけるとか、申し訳ないとか、もう十分してきたと思うよ。自分のことは不器用なんだね。周囲のことなんか考えなくていい、その位でいい。自分のことを一番に考えたらいいよ。自分が楽できるように、幸せになるように考えてね。貴方が良ければ、それが嬉しいんだよ』

そうかも知れない。「自分に厳しい」とよく言われますが、それは「他人に対しても厳しい」という事に繋がる…。そして、自分が楽しければ、側にいる人も楽しんでもらえて、幸せは伝染するかも知れない。よしっ!今年は楽しさを追及できるように頑張ろう♪

という訳で今年の一番の目標は
 ・楽しい事、心が喜ぶ事を一杯すること! (^O^)/
  (楽しい事のお誘い待ってます!)
次に
 ・HPをもう少しまめに更新する。
  (「もっと更新して〜」と言われてる。。。はい、ごめんなさい)
 ・昨年の目標の1つを達成する 。

来年の元旦、このHPで良い報告をしたいです!


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